はじめに:「利益」はあるのに「現金」がない? 現金(キャッシュ)を残す経営の重要性
多くの経営者の方が、「損益計算書上は利益が出ているのに、なぜか手元の現金(キャッシュ)が増えない」「むしろ資金繰りが苦しい」といった経験をされているのではないでしょうか。いわゆる「勘定合って銭足らず」と呼ばれるこの状況は、決して珍しいことではありません。
損益計算書上の「利益」は、会計上のルールに基づいて計算されたものであり、必ずしも会社に存在する「現金」の額とは一致しません。売掛金の入金ずれ、借入金の返済、設備投資、そして「税金」の支払いなど、利益計算には直接反映されない現金の動きが多数存在するからです。
では、なぜ手元の現金が重要なのでしょうか。それは、現金が会社の事業活動を維持し、成長させるための「血液」のようなものだからです。十分な現金があれば、
- 日々の運転資金を賄い、仕入先への支払いや従業員への給与支給を滞りなく行える
- 予期せぬ支出(急な修繕費、売上の急減など)にも対応できる
- 新たな設備投資や事業拡大の好機を逃さない
- 金融機関からの借入への依存度を下げ、より有利な条件を引き出せる可能性がある
- 経営の自由度が高まり、より大胆な戦略を実行できる
- 最悪の事態である「黒字倒産」のリスクを回避できる
といったメリットがあります。つまり、「手元に現金を残すこと」は、安定した企業経営と持続的な成長のための最重要課題の一つなのです。
そして、この貴重な現金を大きく減少させる要因の一つが、避けては通れない「税金」の支払いです。法人税、消費税、そして役員や従業員に関わる所得税・社会保険料。これらの税金が、いつ、どのように会社の現金の流れ(キャッシュフロー)に影響を与えているのかを正確に把握し、その負担を適正化していくことが、現金を残す経営への第一歩となります。
この記事では、主要な3つの税金(法人税、消費税、所得税・社会保険料)に焦点を当て、それらが会社の現金の流れに与える影響を「見える化」し、負担を「最適化」するための具体的な対策と考え方を解説していきます。
税金① 法人税:利益から現金が出ていくタイミングと最適化策
法人税は会社の利益(正確には課税所得)に対して課される税金であり、その納税額は利益水準に応じて変動します。利益計画と納税予測を連動させ、計画的に対策を講じることが重要です。
【見える化】法人税と現金の流れ
- 計算構造: 法人税の基本的な計算は「課税所得 × 税率」です。課税所得は、損益計算書上の利益に、税法独自の調整(加算・減算)を行って算出されます。
- 納税時期: 法人税の納付は、主に以下のタイミングで発生し、まとまった現金の支出となります。
- 中間申告(予定納税): 原則として、事業年度開始から6ヶ月を経過した日から2ヶ月以内に、前期の法人税額の半分を納付します(前期実績に基づく予定申告の場合)。
- 確定申告: 事業年度終了の日の翌日から原則2ヶ月以内に、確定した法人税額から中間納付額を差し引いた額を納付します。
- 納税予測の重要性: 年間の利益計画を立てると同時に、それに基づいた法人税の納税予測を行うことが、資金繰り管理上、非常に重要です。期中に利益が大きく変動した場合は、納税予測額も見直す必要があります。これにより、納税時期に慌てて資金繰りに窮することを防げます。
【最適化】法人税負担を考慮した現金確保策
法人税の納税額自体を抑制し、かつ納税資金を計画的に準備することで、現金の流出を抑えることができます。
- 計画的な節税の実施:
- 損金算入の活用: 決算間際だけでなく、期中から計画的に損金を計上することを検討します。例えば、修繕が必要な箇所があれば早めに実施する、効果的な広告宣伝費を適切なタイミングで支出するなどです。
- 税額控除の活用: 賃上げ促進税制や中小企業投資促進税制など、適用可能な税額控除制度がないか確認し、設備投資などの計画に組み込むことで、税額そのものを削減できます。
- 役員報酬の適正化による現金流出抑制:
- 前回の記事(役員報酬・賞与の決め方)でも触れましたが、税務上の損金算入ルールを守ることは当然として、会社の資金繰りを圧迫しない範囲で報酬額を設定することが重要です。
- 法人税だけでなく、個人の所得税・社会保険料も含めたトータルでの税負担を最適化することも、結果的に会社と個人双方の手元に残る現金を最大化することにつながります。
- 納税資金の計画的な準備:
- 中間・確定申告の納税時期に合わせて、計画的に資金を確保しておく必要があります。納税専用の口座を設けて積み立てる、納税準備預金を活用するなどの方法が考えられます。
- 一時的に資金繰りが厳しい場合には、納税猶予制度の活用も検討の余地がありますが、適用には一定の要件があります。
- 繰越欠損金の有効活用:
- 過去の事業年度に赤字(欠損金)が生じている場合、その欠損金を翌期以降の黒字(所得)と相殺し、課税所得を圧縮することができます。これにより、法人税の納税額を抑えることが可能です。繰越期限(現在は10年間)があるため、計画的な活用が必要です。
税金② 消費税:「預り金」という認識が資金繰りを狂わせる? 見える化と最適化策
消費税は、最終消費者が負担する税金ですが、事業者はその徴収と納付を代行する役割を担います。しかし、「預かっているだけ」という認識でいると、資金繰りを大きく見誤る可能性があります。
【見える化】消費税と現金の流れ
- 仕組みの再確認: 消費税の納税額は、基本的に「売上時に顧客から預かった消費税額」から「仕入や経費支払時に自社が支払った消費税額」を差し引いて計算されます。
- 「預り金」ではない側面: 売上代金と一緒に消費税を預かりますが、仕入代金や経費を支払う際には、消費税分も含めて現金を支払っています。つまり、会社の手元にある現金には、将来納付すべき消費税分が含まれている状態です。
- 入金と支払いのズレ: 売上の入金サイクルと仕入・経費の支払いサイクルには通常ズレがあります。例えば、売掛金の回収が遅い一方で、仕入代金の支払いが早い場合、手元の現金が不足しがちになり、消費税の納税資金繰りに影響が出ます。
- 納税時期: 法人税と同様に、中間申告(回数は前期の納税額による)と確定申告後の納付があり、特に納税額が大きくなりやすい税金のため、計画的な準備が不可欠です。
【最適化】消費税負担を考慮した現金管理
消費税の納税額を適正化し、計画的に資金を管理することが重要です。
- 仕入税額控除の徹底による納税額削減:
- インボイス制度への適切な対応: 適格請求書(インボイス)を正しく受領・保存し、帳簿にも適切に記載することで、支払った消費税を漏れなく仕入税額控除として適用することが、納税額(=現金支出)を直接削減する最も基本的な対策です。要件を満たさない書類では控除が認められず、納税額が増加してしまいます。
- 簡易課税制度の有利不利判定と選択:
- 基準期間の課税売上高が5,000万円以下の場合、簡易課税制度を選択できます。実際の仕入率と業種ごと定められた「みなし仕入率」を比較し、納税額が少なくなる方を選択することで、現金支出を抑えられます。ただし、大きな設備投資を予定している場合などは、原則課税の方が有利になるケースもあるため、定期的な見直しとシミュレーションが推奨されます。
- 納税資金の管理方法:
- 消費税は納税額が高額になりやすいため、日々の売上があった際に、納税見込み額(例:売上×税率×一定割合)を別口座に移して管理するなど、納税資金を明確に区分しておく工夫が有効です。これにより、納税時期に資金が不足する事態を防ぎやすくなります。
税金③ 所得税・社会保険料:見過ごせない「人件費関連」の現金支出
役員報酬や従業員給与に関連して発生する源泉所得税、住民税、そして社会保険料も、会社の資金繰りに影響を与える重要な現金支出です。
【見える化】給与関連の税・社会保険料と現金の流れ
- 源泉所得税・住民税: 役員報酬や従業員給与から天引きした所得税と住民税(特別徴収の場合)は、原則として給与支払月の翌月10日までに、会社が現金で税務署や市町村へ納付します。
- 社会保険料(健康保険・厚生年金・介護保険・雇用保険・労災保険): 会社負担分と、従業員負担分(給与天引き分)を合わせた額を、原則として翌月末までに会社が現金で年金事務所や労働基準監督署などへ納付します。
- 毎月発生する固定的な現金支出: これらは、損益計算書上では費用の一部として認識されますが、会社にとっては毎月、比較的多額の現金が定期的に出ていく固定費です。資金繰り計画上、見落とすことはできません。
【最適化】人件費関連の現金支出のコントロール
人件費に関連する現金支出を最適化するには、報酬・給与体系そのものの見直しや制度の活用が考えられます。
- 役員報酬・賞与の設計見直し:
- 前項(Point 4, 5)で解説した通り、税務ルール、資金繰り、法人・個人のトータル税負担を考慮して最適な役員報酬・賞与額を決定することが、関連する所得税・社会保険料の支払いも含めたトータルの現金支出の最適化につながります。
- 福利厚生制度の活用による効果:
- 税法上、非課税として認められる福利厚生制度(例:社宅、通勤手当の非課税枠、一定の要件を満たす食事補助など)を効果的に導入することで、給与としての現金支給額を抑えつつ、役員・従業員の実質的な手取り額を向上させることが可能です。これは、採用力強化や従業員満足度向上にも寄与します。
- 役員退職金の計画的な財源準備:
- 将来的に発生する可能性のある役員退職金は、非常に大きな現金支出となります。その時期に備え、生命保険などを活用して計画的に社外に財源を積み立てておくことは、会社の資金繰りの安定化に貢献します。
キャッシュフロー改善のための「全体最適」の視点
ここまで税金に焦点を当ててきましたが、手元に現金を残すためには、税金対策だけでは不十分です。会社全体の現金の流れを改善するための、より広い視点を持つことが不可欠です。
税金以外のキャッシュフロー改善策の例
- 売掛金の早期回収: 請求書発行の迅速化、入金サイトの短縮交渉、回収遅延先への督促強化、場合によってはファクタリング(売掛債権の売却)の活用も検討します。
- 買掛金の支払い条件の見直し: 仕入先との交渉により、支払いサイトの延長が可能か検討します。
- 在庫管理の徹底: 過剰な在庫は資金を寝かせているのと同じです。適正な在庫水準を維持し、不要な在庫や滞留在庫は早期に処分・現金化を図ります。
- 遊休資産の売却: 使用していない機械設備や不動産などがあれば、売却して現金化することを検討します。
- 借入金の返済条件見直し: 金融機関との交渉により、金利の引き下げや返済期間の延長(リスケジュール)が可能か検討し、月々の返済負担を軽減します。
資金繰り表の徹底活用
- これらの改善策の効果を測定し、将来の現金の動きを予測するためには、やはり精度の高い資金繰り表が不可欠です。損益計算書だけを見ていては、現金の動きは把握できません。
- 理想的には、月次で資金繰り表を作成し、実績と予測の差異を分析し、次のアクションにつなげていくサイクルを確立することが望ましいでしょう。
財務三表(P/L, B/S, C/F)を連動させた経営管理
- 経営状況を正確に把握するためには、損益計算書(P/L)で収益性を、貸借対照表(B/S)で財務の安全性(資産・負債のバランス)を、そしてキャッシュフロー計算書(C/F)で現金の増減要因を確認する、財務三表を一体として捉える視点が重要です。
税理士の役割:税務申告から「財務面の協力者」へ
手元に現金を残し、強い財務体質を築いていくためには、税務に関する知識だけでなく、財務や現金の流れに関する専門的な視点を持つ協力者の存在が非常に有効です。
税理士に期待される役割(財務・キャッシュフロー視点を含む)
- 資金繰り表の作成支援・分析・改善提案: 精度の高い資金繰り表の作成をサポートし、その内容を分析して具体的な改善策を提案します。
- 財務分析に基づく経営助言: 決算書などの財務諸表を分析し、収益性、安全性、生産性などの経営指標について客観的な評価と改善に向けた助言を行います。
- 金融機関対応の支援: 融資を受ける際の事業計画書作成支援、必要資料の準備、金融機関との交渉に関する助言などを行います。
- 予算策定・経営計画策定への関与: 会社の将来計画策定プロセスに関与し、数値計画の妥当性検証や実現可能性について助言します。
税理士との連携における視点
税理士によっては、伝統的な記帳代行や税務申告業務がサービスの中心であり、上記のような財務・資金繰りに関する積極的な関与や提案が少ない場合もあります。自社が税理士にどのようなサポートを期待するのかを明確にし、そのニーズに応えられる専門知識やサービス体制を持っているかを確認することが、より良い協力関係を築く上で重要になります。
まとめ:税金の「見える化」と「最適化」で、強い財務体質の会社へ
現金(キャッシュ)は、会社の事業活動を継続し、未来への投資を可能にするための、まさに「血液」です。その大切な現金を確保し、有効に活用していくためには、経営者自身が会社の現金の流れを強く意識する必要があります。
まずは、法人税、消費税、所得税・社会保険料という主要な税金が、会社の現金の流れにどのような影響を与えているかを正確に「見える化」することから始めましょう。納税のタイミングと金額を把握し、予測する体制を整えることが第一歩です。
次に、税務と資金繰りの両面から、それぞれの負担を「最適化」するための具体的な対策を計画的に実行していくことが求められます。節税策の検討、納税資金の準備、報酬体系の見直しなど、打てる手は数多くあります。
そして、税金対策だけに留まらず、売掛金回収から在庫管理、借入に至るまで、会社全体の現金の流れを管理する「キャッシュフロー経営」の視点を持つことが、不確実性の高い現代において、変化に強く、持続的に成長できる企業基盤を築く上で不可欠です。
信頼できる専門家(税理士)と連携し、税務・財務の両面から適切な助言を得ながら、これらの取り組みを進めることで、手元に現金が残り、経営の安定性が高まり、将来への投資も可能となる強い財務体質の会社を築くことができるでしょう。
税理士法人エールでは、税務申告業務に留まらず、お客様の現金の流れの改善や財務戦略の立案・実行支援も得意としております。会社の現金を残すための具体的な方策について、専門家の視点からの助言をご希望でしたら、お気軽にお声がけください。